2015/11/29

書き出し小説のこと


文章を書くのが好きです。

昔から格言ぐらいのボリュームの言葉が好きだった。少ない人生経験の中で何かしら打ちのめされる経験をして「この一連のをそのたった一言で言い尽くせちゃうのかよ!」という時のしてやられた感とズッコケ感。それこそが人生と言っても過言ではないくらいに好きなのだ。


言葉のプロの方をとても尊敬します。音楽のプロも尊敬しますし、世の中のプロというプロには敬意しかありません。覚悟してそこにいるから。
私は言葉のプロではないので求められているわけでも用途もありませんが、吟味して咀嚼しているうちに何かまとまってきてしまったらそれを過不足なく伝えようとする。作文。過と不足のちょうど中道を探る作業。考えながら喋るのは言い直しも入ったり時間がかかるけど書いちゃうとそこにかけた時間はなくなって内容だけになる伝達のマジック。(そう考えると本一冊、それらが並ぶ本棚って恐ろしい時間の凝縮です。人の一生のいくつ分だ。)


「書き出し小説大賞」(新潮社)という天久聖一氏デイリーポータルZのコーナーがある。
「小説の書き出しだけを考える」という無責任な大喜利的なコーナーで、笑い、はっとし、やられた!と膝を打つ作品が集まる。アマの面白さ。だからといって無責任ではない。んーここで具体例あげたい。あげたいんだが具体例選びきれないオーマイ。

そんな書き出し作家さんの集まりへ行ってきた。畏れ多いと思いつつ毎度親戚の集まりみたいで不思議なもの。大人の嗜みと言うには馬鹿、子供の遊びにしては知的。楽しくて刺激的な時間でした。

そこに現れたコーヒーカップの松崎しげるがこちらです。帰りしな握らされました。いらねーよ!飾るけど!

ちなみに書き出し小説大賞にはどなたでも投稿できますよ。

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